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 宇宙はマイナス―プ ラス、左―右、低い―高いに分けられているかのように見えます。またはこの対立の連続するゲームから構成されている、と言った方がいいかもしれません。自信はありませんが。しかし、とにもかくにも二元的で、「これ」またはその反対の「これ」のどちらかなのです。そして、反復がありま す。選択された一つは自分を繰り返す傾向があって、左はもう一つの左、さらにもう一つの左を連れてきます。もしくは、それは一つの左だが、それが輪を描いて走っているということである。私はそれを、(小山 篤による絵画と同じように)ルーレットまたはフォーチュンリングの中心に自分が立っているという形で想像します。中心から、私はルーレットを右に回し、それは右を生成し、この右は私を回って右に動き、右として 戻ってきます。
 または、私はこの輪を左に回し、それがマイナスを生み出し、このマイナスは私の裏を通って、私が直接それを作りだしたところへ反対側から戻って来ます。
 そして、ここに最もミステリアスなことがあります。なぜ、我々は反抗を生成し、「偶然と幸運の蓄積」としての人生のイメージの中に自分を閉じこめるのでしょうか?我々のそれぞれの行為が結果を生み出し、現状は以前の行為の結果であると明らかなのに。結局、やるべきことは、自分自身をその輪の中心に据え置くということに尽きるのです。そして、我々は貴方を「逆回転」に誘います。

Rodion TR
Frantic Gallery Director

 
「逆回転」  
小山篤個展     
2019年8月28日(水)~ 9月1日(日)10:00 – 20:00

Commune 2nd Midori-so ギャラリースペース
 
 
ギャラリートーク: 小山篤 & Rodion TR; 8月30日(金)、17:00 – 19:00
レセプション:8月30日(金)19:00~21:00
第一講義 「ジェットエンジンと法輪:カルマメカニズムを回って」Rodion TR; 8月31日(土)、13:00 – 15:00
第二講義「小山さん、科学の本のどこに下線を引くの」小山篤、9月1日(日)、13:00 – 15:00

 

 二年間のリサーチとスタディオワークの後、小山篤は「MANMACHINE」という企画を発展させ、絵画内容においても、制作方法においても機械と人間の総合はすでに比喩ではない段階にあります。超人間的な要素を絵画に組み入れるために小山はマシーンを制作します。数学に対する彼の情熱を表しながら、彼の「ロボット」はXYプロッタとWEBアプリケーションを使い、最小二乗法の線の近似アルゴリズムに従うことで、人間の身体のイメージがアーティストの手で描かれる一方で、小山のメカニカルなシステムの解釈をカンバスにもたらします。
 Frantic Galleryは8月28日から表参道のCommune 2nd のみどり荘のギャラリースペースの中で、小山篤の「Parity Violation」という新しいシリーズの四つの絵画、プリントと研究の基礎にあるスタディスケッチを発表致します。「逆回転」は「我々の選択」として意識される「我々の行為」について、原因‐結果のメカニズム、以前の行為の結果としての現状、そして現在の行為の変更によって変更させる将来の状態の可能性についての展覧会である。ここに辿り着く小山の道は科学であり、それを表現する方法は美術である。

 「パリティ変換」とは一つの空間座標の符号を反転させることと意味する。例えば、(x,y)から(-x,-y)または「右―左」から「左―右」。ある意味で鏡の反映のように。しかし、小山が興味を持つのは、この反射が起きることなく、世界と鏡像の間に差異が生じるというケースである。その時、この二つからどちらか一方が選択される。例えばヒマワリの種は一つの方向に向かって配置されるが、逆方向への配置も可能であるし、電子はほぼ全て負電荷を持つが、正電荷を持つ電子も存在する。小山はこの瞬間を「パリティの崩壊」と呼ぶ。前者においては、両方の世界つまり 1 つの世界とその反映はバランスがとれている。後者においてはこのバランスが崩れて、選び出された世界こそが現実の世界となる。小山はこの複数の理論的現実のヴァリエーションから一つの現実が選択され実際のものになる瞬間を捉えようとしている。

Atsushi Koyama, Parity Violation 2, oil on canvas, 90x130x3cm, 2018

 “Parity Violation 2”において小山はジェットエンジンの構造と、選択がすでになされたというシチュエーションを提示する。エンジンのタービンは右と左両方へ動くことができるが、この場合(中心にいる人の選択によって)時計回りに動いている。アーティストの注意を引いたジェットの独特の構造は、選択に従って回り始める原因と結果の関係を強調する。遠心圧縮機[Centrifugal Compressor Impeller](人物像の頸の周り) が、回転によって燃焼室[Combustion Chamber]に空気を送り込み圧縮し、そこに燃料を送る。Manmachine というプロジェクトを進める小山は、これを開いた手として表現するが、それはこの機械のメカニズム全体のエネルギー源の役割を果たすものである。 空気と結合することで、「燃料」はエネルギーを爆発させ、そのエネルギーは進み続けて高圧タービン[High Pressure Turbine](胸の位置にある、オレンジ色で描かれた部分)に届く。このタービンは、圧縮機、つまり圧縮ファンに合体しており、これが空気を送り込んで、タービンを回している。残っているエネルギーはさらに進んで低圧タービン[Low Pressure Turbine]へ届き、それは圧縮ファンと 高圧タービンと繋がっていて、機械全体を回している。このようにシステムは安定し、均衡が保たれている。「燃料」の供給が止まらないかぎり、このメカニズムも止まらない。タービンはファンを回し、ファンは空気を届けて爆発を起こし、その力がタービンを回し、それはファンを回し……何が原因で、何が結果だろうか?タービンの回転はファンの回転の結果であり、そして(ここではこれが明らかに見えているが)同時にはファンの回転とメカニズム全体の回転の原因でもある。絵画はメカニカルなメカニズムだけではなく、原因の結果への即時的な回転のメカニズムを見せ、この車輪は行為とそれの成果の自分に閉じた回転を提示しています。 

 タービンは一つの方向に動き、この方向に絶え間なく原因‐効果を発展していて、それは車輪の中心にいる人間の選択によって行われることである。さて、疑問は―それは小山のアートの核心的なところですが―これらの事象の連鎖をどうやって止め…どうすれば逆回転を開始することができるのでしょうか?
Atsushi Koyama, Drawing Undefined 19, pencil on paper, 72.5x91cm, 2015
関連イベント
第一講義
ジェットエンジンと法輪:カルマメカニズムを回って
Rodion TR
8月31日(土)、13:00 – 15:00 (日本語のみ)
Commune 2nd Midori-so ギャラリースペース

 
「ものごとはすべて、心にもとづき、
心を主とし、心によってつくり出される。
もしも汚れた心で話したり、おこなったりするならば、
苦しみがあとからついてくる。
馬車馬のあとに車輪がついてゆくように。
                      
もしも清らかな心で話したり、おこなったりするならば、
幸せがあとからついてくる。
人のあとに影がついてゆくように。」
仏陀、ダンマパダ一と二
 
 ある時に、すべての努力を行い、できると思う全部のことをやっても、物事はもっとひどくなっていきます。ある時に何もしないままで、夢でも見たことがないほどのいいことが起こります。なぜ?「単なる偶然」と言い繰り返すのは神秘化ではないでしょうか?この現象の流れでルールを見つけてみるの方は合理的ではないでしょうか?このすべてを束ねるメカニズムはどこにあるのか?その働きは何だろう?
 車輪はインドの歴史の最も古い象徴の一つ。仏教では、それは宇宙の道徳的法則、仏陀の教え、悟りに導く道またはゴータマ自身を表象しています。仏陀は法輪の回転を起こしたと信じられています。それは普遍的な結果を生み出した革命的な変化を意味します。車輪の循環的モーションは世界における命の性質の循環的な特徴を象徴します。さらに、この苦労の車輪を、鍛錬によって、逆方向にさせることができると提唱されています。車輪は原因―結果の連続を示すものである。すべては、これからのことの原因であり、先のことの原因である。そして、それは我々の行為が我々の人生の車輪の動きの方向性を決めていると。
 小山篤は似たような法則を科学を通して研究しながら、絵画で表現しています。物理学の「パリティ変換」とは価値の対称性を示すものである。簡単に言えば、「x」は「-x」になったり、「右」は「左」になったりすることの可能性を示すものである。しかし、小山はパリティの破れ、つまり理論的に考えられたペアから一つ価値、一つの方向性は実現化されてしまったというシチュエーションを探求することにします。彼は、物事はフィックスされ、選択はすでに行ったというケースを注目します。すなわち、「一つ」、それは「その一つの正反対の一つ」ではない「一つ」は顕在化されたということです。今まで彼の主な象徴はエンジン、ギア、車輪ということである。
 小山の「逆回転」展は我々にとって、ジェット・エンジンと法輪を重ねてみる機会である。具体的かつ普遍的な意味でのメカニズムを研究しながら、選択、選択の主体、原因と効果を考え、そしてもちろん仏教における宇宙のメカニカルなヴィージョンに合わさった小山の人工的デバイスの精神的な含意の謎深きの美学を楽しむことにしたいと思います。
第二講義
小山さん、科学の本のどこに下線を引くの
小山篤
9月1日(日)、13:00 – 15:00(日本語のみ)
Commune 2nd Midori-so ギャラリースペース

 
小山さん、なんと魅力的なスタディオですね。電気ボード、カンヴァス、コード、絵の具...壁は全部スケッチとイメージで覆われている。ここには何があるのか?ダ・ヴィンチによる胎児のドローイング、昆虫のクローズアップ、エロティックな写真、燃焼機関の図面、人間解剖学アトラスの切り抜き、装飾的なパターン。素晴らしい。そして、もちろん本棚もあるはずだ。ちょっと、見ていいですか?P.J.デービスとR.ヘルシュの『数学的経験』 (初出版1981年):「数学者の心理学;実際の真実に対して証明はどの意味を持つのか;数字的神秘主義、密閉幾何学、占星術と宗教の数学」。小山さん、こんな本を読んでるの?本当に?更に、湯浅康雄の『身体の宇宙性―東洋と西洋』(岩波人文書, 1982年):「文明の歴史的多様性を超えて存在する思考に、身体におけるミクロコスモスとマクロコスモスとの対応という観点から挑み、宇宙における人間の位置を探る。なるほど。そしてこれは?マリオ・レヴィオの『神は数学者か?』(Simon and Schuster、 2009年):「数学は発明された、または発見されたのか?アインシュタイン曰く数学は「経験と自律した、人間の考えの所産である」であるなら、なぜ数学は我々を取り巻く世界をこんなにも記述でき、予測できるのか」。そして、もう一冊。ピョートル・ウスペンスキーの『人間に可能な進化の心理学』(初出版1945年):「ウスペンスキーは人間を機械として見、人間を「なることができる」という観点から研究することを提唱している」。Ok、小山さん、あなたはこのスタディオの中で実際何をやっているのでしょうか?美術と数学を通して、ミクロとマクロコスモスの中に...つまり、お聞きしたいことは、何を探しているのでしょうか?
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